群馬の風土と甘口の日本酒

群馬のお酒 結人について

群馬で甘口の酒が生まれた背景。そしてこれから。

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群馬の日本酒の歴史私共の酒蔵は群馬県の中部に位置しています。もはや関東平野の最北端と言えるかもしれません。一年を通じて日照時間が長い事が特徴です。北面にそびえる赤城山山麓の伏流水、利根川水系の多くの河川などによって、豊まれた水脈があります。冬は雪も降らないので、米と麦、同じ田んぼで1年に2度収穫出来るいわゆる二毛作地帯です。

 

この地域の風土を表す言葉に「かかあ天下と空っ風」という有名なものがあります。でもこれ…実は「女性が強くて横柄である」という意味ではありません。当時、群馬の女性は、365日、朝から晩まで田畑に出ては、米・麦の穀物、各種野菜の生産から養蚕業にまで広く携わっていました。男勝りに本当に良く働く事から「ウチのかかぁは天下逸品 !」と言った事が由来であると聞いてます。

女の子がやたら怖かったわけではないのですね。(今でも、おしとやかでプリチーです…ハイ汗)

 

求められた甘口の日本酒

私共の蔵があるこの地域は、二毛作の恩恵によって、野菜、穀物、山菜などの収穫が豊富でした。主食は、おきりこみ(幅広のうどん)を煮込んだものや、漬物などを食していたようです。夫婦共に田畑にて汗水流し、日暮れとともに帰宅。妻はそれから、夕食の支度を始めます。その間、夫は粗末なつまみにて、手酌で、夕食が出来るまでの間、お酒を楽しみます。そして、夕食が出来ると皆で食し明日の仕事に備えたそうです。

肉体労働により身体は糖分を欲するので、甘口のお酒が広く好まれました。ある程度味がなければ美味しく感じなかったのでしょう。また群馬には海が無いので、海産物なんてほとんど手に入りません。酒の肴は当然乏しく、お酒そのものが持つ風味によって満足出来る味わいの甘口のお酒が好まれてきたのです。

 

そんな風土の中で産まれ、現在まで醸し続けて来たのが、甘口の日本酒であり、一部もち米をとりいれた日本酒です。弊社でも創業以来、もち米を原料米の一部に使用した甘口のお酒を造り続けております。(桂川ですね)

 

流通の進歩により変わる日本酒の嗜好 -結人の誕生-

結人純米吟醸本生ですが近年、流通や冷蔵の進歩のおかげで、日本全国どこでも、各地の新鮮な魚や名産物を食べられるようになりました。当然、食文化が変われば、お酒の趣向も食事に合わせて変わります。群馬県でも同様です。

 

そんな変化に抗うことなく皆様に美味しく飲んで頂こうと考え、造り始めたお酒が「結人」という日本酒です。つまり文化、文明社会の変化に合わせて醸してゆこうと言う考えです。

 

長い時間の中で、地酒の概念も変わってゆくのだと思います。少し寂しいな…と思う反面、これはこれで仕方の無い事だと割り切ってもおります。

 

でも、どんな時代背景があろうとも我々がいつも思うのはだた一つです。「お客様に美味しいと思って頂けるお酒」を醸す事。これに尽きると思っております。

 

 

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